-新魔法数N=32はどこまで「魔法」なのか?-
2026年8月19日
理化学研究所
高エネルギー加速器研究機構
-新魔法数N=32はどこまで「魔法」なのか?-
理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター 核構造研究部のマルコ・ローゼンブッシュ 研究員(開拓研究所 上野核分光研究室 研究員)、低速RIビーム生成装置開発チームの石山 博恒 チームリーダー、RI物理研究部のチャオイー・フー 客員研究員、高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所 和光原子核科学センターの和田 道治 名誉教授、渡邉 裕 教授らの国際共同研究グループは、理研の装置や理研とKEKが共同開発したシステムを用いて、原子核の安定線から遠く離れた短寿命アルゴン(Ar)同位体の質量を高精度で測定することに成功しました。50Ar(陽子18個、中性子32個)の質量は初めての測定であり、49Arの質量の測定精度は従来の約250倍に向上しました。
本成果は、新しい魔法数[1]の性質を実験的に明らかにしただけでなく、原子核の構造理解や、宇宙における元素生成過程の解明にもつながると期待されます。
近年、カルシウム52(52Ca)(陽子20個、中性子32個)において、新しい魔法数「中性子数N=32」の存在を支持する実験結果が報告され、原子核物理学の注目を集めてきました。しかし、新しい魔法数が他の元素でも同様に現れるのか、その強さがどのように変化するのかは、十分には理解されていませんでした。
本研究では、カルシウム52においてN=32は魔法数であることをさらに支持する実験結果を得るとともに、カルシウムから原子番号が二つだけ小さいアルゴン同位体では、N=32の魔法数の強さがカルシウムに比べて弱まる傾向を見いだしました。これは、魔法数の強さが元素の種類、つまり陽子数(Z)によって変化することを示しています。
また今回得た実験結果を複数の理論計算と比較したところ、理論計算でも、カルシウムでN=32の魔法数が強まり、アルゴンでは弱まるという今回の実験結果と同様の傾向が概ね再現されました。
本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(8月6日付)に掲載されました。
背景原子核は、陽子と中性子が核力によって結び付いてできています。原子核の性質は陽子数と中性子数によって大きく変わりますが、その数が特定の値を取ると原子核は中性子や陽子を加えたり取り除いたりしにくい「殻の閉じた状態」となります。この特定の値を「魔法数」と呼びます。魔法数は、陽子や中性子が原子核内で殻構造[1]を形成していることを反映したものであり、原子核の性質を理解する上で重要な手掛かりとなっています。
天然に存在する寿命のない安定な原子核の多くは、陽子数と中性子数のバランスが取れた状態にあります。一方で、安定な原子核から大きく離れ、陽子数が過剰あるいは中性子数が過剰な短寿命な原子核(RI)では安定な原子核とは異なる性質が現れることがあります。
魔法数は原子核では共通に現れる性質と考えられていました。しかし、近年RIビーム技術の発展により短寿命原子核の研究が進むと、従来の魔法数が弱まったり消失したりする一方で、新しい魔法数が現れることが分かってきました。理研仁科加速器科学研究センターでは2000年の新魔法数N=16の発見をはじめとして、多くの新魔法数やその消失に関する研究成果を報告してきました注1~11)。
この魔法数の特徴を実験的に調べる方法の一つとして、原子質量の系統的測定による殻構造の研究が広く用いられています。特に原子核の質量を精密に測定すると、核子(陽子や中性子)を原子核から取り出すために必要なエネルギーを求めることができ、原子核内の魔法数の強さを調べることができます。
先行研究ではカルシウム同位体の質量測定が行われ、2個の中性子を引き剝がすために必要なエネルギーである二中性子分離エネルギー(S2n)[2]の系統的変化が導出されました注12)。その結果、従来の魔法数N=20、28に加えて、新しい魔法数N=32の存在を支持する実験結果が得られました。本研究では、新魔法数N=32の特徴を示す代表的な原子核である52Ca近傍(核図表[3]ではすぐ下)の、同じくN=32を持つアルゴン同位体50Arの質量測定に挑みました。
本研究の精密質量測定は、理研仁科加速器科学研究センターの加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」の超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)と、同センター低速RIビーム生成装置(SLOWRI)開発チームとKEK素粒子原子核研究所和光原子核科学センターが共同開発した、ヘリウムガスセルや多重反射型飛行時間測定式質量測定装置(MRTOF)[4]などから成る停止低速RI精密質量分析システム(CRISMASS)により実施しました(図1)。

図1 理研とKEKが共同開発した停止低速RI精密質量分析システム(CRISMASS)
RIBFのBigRIPSで生成された高速RIビーム(核子当たり数百メガ電子ボルト(MeV、1MeVは100万電子ボルト))をヘリウムガスが充てんされたセルで停止させて、セル内の高周波(RF)をかけたストリップ構造の微細電極が敷き詰めてあるRFカーペット(挿入写真参照、ガスセル上部の金色と茶色部分)を用いて急速に(数十ms(ミリ秒)で)引き出し、多重反射型飛行時間測定式質量測定装置(MRTOF)に移送する。そこでイオンを装置内で数百回往復させて、その飛行時間を測定することで短寿命原子核(RI)の精密質量測定を行う。
測定したアルゴン同位体の飛行時間強度分布では49Ar、50Arのピークを見ることができます(図2中央部分)。また、例えば、カリウム49(49K)のピークが見えます(図2左端部分)が、同じ質量数(A=49)を持つ原子核でも明確に分かれたピークとして測定できる能力を本装置は持っており、その質量分解能はこの種類の装置としては世界最高値の100万(質量の100万分の1の差を見分ける能力)に到達しています。

図2 CRISMASSによる飛行時間スペクトル
横軸は、測定された飛行時間で、13,963,500ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)を0としている。縦軸は各原子核や分子の測定された個数を示している。49Ar(半減期170ms)と50Ar(半減期85ms)のピークを見ることができる。他に指標として線源によってヘリウムガスセルに入射された重元素(Nd(ネオジム)、Pr(プラセオジム)、Ce(セリウム)、La(ランタン))と不純物分子などのピークが観測されている。
この測定した飛行時間から質量を精密に求めることができます。今回測定したアルゴン同位体の質量精度は1,000万分の1桁での高精度です。しかも、初めて実験的に50Arの質量を直接測定した上、49Arの質量も先行研究注13)の測定精度を250倍改善しています。この高精度の質量データを用いて、新魔法数N=32を持つとされている52Caの陽子・中性子相互作用強度[5]を初めて実験的に直接導出することができました。その結果、52Caは、既知の魔法数N=28を持つ48Caとほぼ同じ強い陽子・中性子相互作用強度を持つことが分かり、52Caも魔法数を持つ原子核、"魔法核"であることをさらに支持する結果が得られました。
さらにN=32を持つ50Ar自体の魔法数の強さについて検証しました。図3は、測定した質量データから求めた魔法数の強さの指標の一つ、二中性子殻間隙(かんげき)エネルギー(Δ2n)[6]を示しています(50Arの値は実験値から導出した外挿値(データ範囲外の予測値)も一部使用しています)。陽子数(Z)18のArの同位体では、46ArのΔ2nは高くN=28が従来の魔法数であることを示し、48Arで極小値(図3の中性子数30)になりますが、50Arで再び増加しており、N=32が新しい魔法数であることを支持する結果になりました。一方、中性子数32を持つ原子核では、Δ2nは52Caで最大の値を取り、そこから一つずつ陽子が増減するに従って徐々に値が低下することが分かりました。つまり、新魔法数N=32の強さはカルシウムで最も強く、陽子数が20から離れるにつれて弱まる傾向が観測されました。

図3 新魔法数N=32周辺の二中性子殻間隙エネルギー
従来の魔法数N=28の列のエネルギーが高いことは相対的に安定であることを示す。新しい魔法数N=32の列も左側のN=30、31より高くなっている。50Ar(図中赤い柱)では52Caよりエネルギーが低いことが分かる。なお、Z=20は陽子(横)の魔法数である。
本研究では、実験結果を複数の最新の理論計算と比較しました。その結果、理論計算はN=32の魔法数がカルシウムで強く、アルゴンで弱まるという今回の実験結果の傾向を概ね再現しました。このことは、N=32を持つ原子核の特徴が、現在の原子核理論によって理解できることを示しています。また魔法核では中性子捕獲反応や陽子捕獲反応の断面積(反応の起こりやすさを表す量)が極端に低下することがあります。宇宙では、恒星内部や超新星爆発、中性子星合体などの極限環境において、中性子捕獲や陽子捕獲反応などを通じて、軽い元素からより重い元素がつくられます。魔法数を持つ原子核ではこれらの反応が起こりにくくなるため、重元素合成の流れを一時的に滞らせ、どの元素がどれだけつくられるかを左右する重要な要因となります。従って、原子核の魔法数の変遷は原子核の性質の多様性のみならず、恒星や超新星爆発、中性子星合体などで進行する元素合成過程を通じて、宇宙に存在する元素の種類や存在量の変化、すなわち宇宙の化学的進化にも影響を及ぼします。
本研究では、世界最高水準の精密な質量測定により新しい魔法数の存在を支持する結果が得られるとともにその特徴が明らかになりました。今後はさらに、陽子と中性子が共に魔法数を持つ核でそのうち最も重い二重魔法核100Sn(スズ)、陽子に比べて極端に中性子が多い二重魔法核78Ni(ニッケル)、金やプラチナの起源になっていると考えられている中性子魔法数N=126を持つ中性子過剰核などの質量を正確に測定することにより原子核の性質の理解や、宇宙でどのように重元素がつくられるかという謎の解明にもつながると期待されます。
補足説明理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
RI物理研究部
客員研究員 チャオイー・フー(Chaoyi Fu)
(香港大学 研究員)
核構造研究部
研究員 マルコ・ローゼンブッシュ(Rosenbusch Marco)
(開拓研究所 上野核分光研究室 研究員)
低速RIビーム生成装置開発チーム
チームリーダー 石山 博恒(イシヤマ・ヒロノブ)
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所
和光原子核科学センター
名誉教授 和田 道治(ワダ・ミチハル)
教授 渡邉 裕(ワタナベ・ユタカ)
本研究は、理化学研究所 仁科加速器科学研究センターと高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 和光原子核科学センターを中心とし、香港大学、中国科学院近代物理研究所、立教大学、日本原子力研究開発機構、東京大学、九州大学、米国ミシガン州立大学、カナダTRIUMF研究所、韓国基礎科学研究院等24研究機関から成る国際共同研究グループ(総勢56名)で行いました。
研究支援本研究は主に日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業JP17H06090、JP20H05648、JP22H01257、JP22H04946、JP25H01273、JP19K14750、JP21K13951、JP23K13132、JP26K00716の助成を受けて行われました。
原論文情報理化学研究所
仁科加速器科学研究センター
RI物理研究部
客員研究員 チャオイー・フー(Chaoyi Fu)
核構造研究部
研究員 マルコ・ローゼンブッシュ(Rosenbusch Marco)
(開拓研究所 上野核分光研究室 研究員)
低速RIビーム生成装置開発チーム
チームリーダー 石山 博恒(イシヤマ・ヒロノブ)
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 和光原子核科学センター
名誉教授 和田 道治(ワダ・ミチハル)
教授 渡邉 裕(ワタナベ・ユタカ)
理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム
高エネルギー加速器研究機構 広報室
Tel: 029-879-6047
Email: press@kek.jp
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