イタリア・トスカーナ州ボルゲリで、フレスコバルディ家が手がけるマッセート。わずか11ヘクタールの丘に広がる11の区画から生まれる、メルロ主体のワインだ。畑の地下には青い粘土が広がり、11区画をそれぞれに仕込むための専用セラーが造られている。現地で畑とセラーを歩き、マッセティーノ2023、マッセート2023、2013を試飲した。

ティレニア海から約10キロメートル、ボルゲリの丘に広がるマッセートの畑。標高はおよそ75〜115メートル。海からの風と反射光を受ける。
マッセートは、フィレンツェの名門フレスコバルディ家が所有するボルゲリのワイナリーである。畑はわずか11ヘクタール。主にメルロが植えられ、一部にカベルネ・フランがある。11の区画に分かれ、それぞれ土壌の構成が異なる。これ以上、畑を広げる予定もないという。いまある11ヘクタールが、マッセートのすべてである。

マッセートの畑の地下から掘り出された青い粘土。乾燥すると石のように硬くなる一方、冬の水分を保持する性質をもつ。
その土地を特徴づけるのが青い粘土と呼ばれる灰色のマール土壌だ。セラーには、畑の地下から掘り出した塊が置かれていた。乾いた状態では石のように硬く、表層でも粘土分は30〜40%、深部では80〜90%に達する場所もある。根が容易に入り込める土ではない一方、冬の雨を抱え込み、乾燥する季節に少しずつ水分を供給する。

青い粘土と呼ばれる、灰色のマールと石灰質が組み合わさった土壌と、そこに育つメルロ。
一般にメルロは粘土質土壌との相性がよいとされるが、マッセートの青い粘土は単に恵まれた土壌というわけではない。水分を保つ一方で非常に緻密なため、根は深く入りにくく、樹は強いストレスを受ける。結果として樹勢は抑えられ、房も果粒も小さくなり、果実の凝縮につながる。マルコは、この低い樹勢と小さな果粒こそがマッセートの果実の密度を生むと説明した。
数百万年前、この一帯は海だった。テクニカル・ディレクターのマルコ・バルシメッリによると、現在の青い粘土には海洋由来の堆積物が残り、粘土層は地殻変動によって押し上げられ、現在の丘を形づくったという。「粘土にはナトリウムを多く含む場所もあり、ワインに感じる塩味やミネラル感、そして高い酸も、この土壌の個性なんです」
畑の下に造られた、区画別醸造のためのセラー
専用ワイナリーの設計は、日本人建築家の森ひかるとイタリア人建築家のマウリツィオ・ジトによる建築ユニット、ZITO+MORI。丘の地下を掘り進める「採掘場(The Quarry)」を発想源に、醸造・熟成空間の大半を地中に収めた。工事は2016年に始まり、2018年7月に完了した。
マッセートは長くオルネッライアの施設で醸造されてきたが、2018年に専用ワイナリーが造られた。よって2018年ヴィンテージが、この施設で造られた最初のマッセート。

目を引くソリッドな形状のコンクリートタンク。内部は卵形になっている。
角張った外観のコンクリートタンクは全部で12基。1つの区画に1基を用い、残る1基は予備。収穫したブドウは上階で選果され、ポンプを使わず重力でタンクへ送られる。11区画を混ぜずに仕込み、最後にブレンドするための設備である。つまり、将来の拡張を前提にしたセラーではなく、いまある11ヘクタール、11区画を緻密に醸すために造られたもの。マッセートの希少性は、生産本数を意図的に絞っているからではなく、土地そのものに上限があることから始まっているといえる。

写真左/上階から見下ろす地下の樽熟成庫。 写真右/バリックで熟成中のマッセート。1年目と2年目の熟成庫は別室に設けられ、工程に沿ってワインが地下を移動する。
その先には樽熟成庫が続く。マッセートは最初の12カ月を区画ごとに分けて樽熟成し、その後ブレンドして、再び樽で12カ月を過ごす。セラーもその工程に合わせ、1年目と2年目の熟成庫を分けて設計されている。さらに試験用の熟成庫も備え、ヴィンテージや区画ごとの違いを細かく追えるようになっている。

貯蔵庫「マッセート・カヴォー」では、ボトルを1本ずつステンレス製のメッシュに収めて保管。1986年の初ヴィンテージから歴代のマッセートが並ぶ。

左から「マッセティーノ2023」「マッセート2023」「マッセート2013」。
試飲したのは、「マッセティーノ2023」「マッセート2023」、そして10年熟成した「マッセート2013」の3本。
2023年は春に雨が多く、夏は高温ながら極端な暑さには至らず、8月末の雨と9月の涼しい夜が酸と香りを保った年。「マッセティーノ2023」はブラックベリーなど黒系果実の香りが前に出て、口中には豊かなボリューム。タンニンはシルキーで、果実味も開いている。マルコは「球体のようなワイン」と表現した。

液体が注がれる瞬間はエキサイティング。これがマッセートならなおさらだ。
「マッセート2023」は印象が異なる。最初は香りも控えめだが、徐々に現れるのはワイルドチェリーや明るい赤系果実、バルサミコ、スパイス、ミント。縦に伸びる酸、それが生む緊張感と心地よい果実感。タンニンにも、チョークや粘土を思わせる細かな質感があり、滑らかでありながら輪郭を感じさせる。そして長い余韻。「マッセティーノはより開放的。マッセートにはいくつもの層がある」とマルコ。あと10年、いや、20年は待ちたいと思わせる。
もともと果粒が小さく成分が凝縮しているため、抽出は強く行わない。「インフュージョンのように」とマルコが表現するように、ゆっくり浸すように果皮や種から成分を引き出していく。
ルモンタージュ(タンクの底から果汁を抜き、上からかけ流して循環させる作業※オルネッライアでは『ポンピングオーバー』と記載)も毎日試飲しながら量を抑える。タンニンを出しすぎず、ワインのエレガンスを保つためだ。「Less is better」。土地と果実にすでに十分なものがあるからこそ、醸造では手をかけすぎない。
そして「マッセート2013」。温暖で雨の多い冬、涼しく雨の多い春を経て、夏は乾燥して日照に恵まれた。成熟は例年より遅く、収穫は9月12日から25日。2023と10ヴィンテージの差がありながら、色調にも大きな熟成感は見えず、並べて飲んでも年齢差は想像以上に小さい。まだ若々しさもあるが、時間とともにゆっくりと変化。赤系ベリーやプラムに始まり、ドライハーブ、カカオやタバコなど、グラスを持つたびに別の香りが現れる。酸も豊かで、口中でゆっくり噛み締めると、凝縮した果実が舌のうえでほどけていく感覚。素晴らしい味わいだが、本領を発揮するにはまだ時間を必要とするかもしれない。

テクニカル・ディレクターのマルコ・バルシメッリ。1983年トスカーナ州アレッツォ生まれ。フィレンツェ大学で醸造・ブドウ栽培を学び、ボルドー大学でも醸造学を修めた。シャトー・グリュオ・ラローズなどを経て、2010年からエリック・ボワスノのもとでコンサルタントとしてボルドーの多数のシャトーに携わる。2024年にオルネッライアとマッセートの生産責任者に。
マッセートの価値は、限られた11ヘクタールという希少性だけではない。青い粘土が生む果実の密度、区画ごとの差を見極める醸造、抽出を抑えて酸やタンニンの質感を残す判断。そうした畑とセラーでの見極めは、若い2023にも、熟成を経た2013にも共通する緊張感につながっている。
世界を見渡しても、同じ土壌と気候条件のもとでメルロが育つ場所はないという。青い粘土に、適度な勾配と豊かな日照が重なり、力強さがありながら重さに傾かず、フレッシュさを保つ味わいにつながる。規模を広げるのではなく、この土地をどこまで細かく理解し、ワインに反映できるか。マッセートの個性は、何かを足すことより、土地がもつものを損なわずに引き出すところにある。
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