Text:松島功
「市場は活況、新曲は苦戦」という矛盾いま多くのアーティストが、"最新曲"をストリーミングチャートの上位に送り込むことに苦労している。アイドル系の市場は活況、バンド系も人気アーティストの活躍によって盛り上がっている。市場全体としては良い状態なのだが、「新曲をヒットさせること」は年々難しくなっている。
タイアップが付けばヒットするのか。TikTokでバズればヒットするのか。そんな単純な話ではないのが、いまの音楽市場である。
そんな中、マカロニえんぴつ「運命さがし」がストリーミングチャートの上位で存在感を放ち、若い世代を中心に現象化している。
●ロックバンドによる、ド直球のラブソングの最新曲
●アニメやドラマのタイアップではない楽曲
なぜいま「運命さがし」はここまで聴かれているのか。
この数年、ストリーミングによって音楽は格段に聴きやすくなった。しかしその裏側で、「新曲リリース」がファンにとってエキサイティングな瞬間になりにくいという問題が起きている。理由は何だろうか。
●アルゴリズムのおすすめやランキングの順に聴く、受動的なリスニングが増えている
●あまりにも多くの情報がスワイプとともに目の前を通り過ぎ、そもそもお知らせが届かない
●「なぜ聴いてほしいのか」がファンに伝わらないまま、リリース日を迎えている
ライブのアンコールで「お知らせです!新曲です。○○のタイアップです!」と告げられれば、もちろん嬉しいし拍手もする。だが頭の片隅で「それ自分に関係あるのだろうか」と思ってしまう瞬間はないだろうか。
それはコンテキスト(なぜ聴いてほしいのか)が行方不明になっているからではないだろうか。
「イマーシブ」な体験と、その前提にあるコンテキスト最近、海外の音楽業界の人たちと話すとよく出てくる話題がある。「ファンにイマーシブな体験を提供できているか」というものだ。ここでいうイマーシブとは、ファンが能動的に作品の世界へ入り込んでいくような音楽体験を指す。
「運命さがし」をリリースするに先だって、マカロニえんぴつはイマーシブな体験にするために、事前に「コンテキスト」をしっかりと伝えることに注力した。
●なぜこの曲を聴いてほしいのか
●いまなぜこれを作ったのか
●誰のために作っているのか
●「なんでもないよ、」とどうリンクしているのか
今作はストリーミング配信開始までに
●1か月前からラジオ局でのオンエアを開始
●1か月前からTikTokのみ一部先行配信。早い段階から「聴けて、使える」状態に
●リリースの約2週間前にアーティストのYouTubeチャンネルでインタビュー動画公開
●テレビの大型音楽番組でもリリース前から「運命さがし」を披露
インタビュー動画では本人たちの言葉でコンテキストが語られ(素晴らしい内容なのでぜひ見てほしい)、テレビやラジオに出演する際も、同じコンテキストが一貫して伝えられていた。(テレビでリリース前の曲を歌唱すること自体異例でもある)
そしてストリーミング配信開始の3日前、【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2026】で「運命さがし」がライブ初披露された時点で、この曲はすでにファンの間に定着していた。
TikTokでの先行配信は手段のひとつにすぎない。目的は「全力でコンテキストを伝え、ファンと一緒にリリース日を迎えること」だったのではないか。
コンテキストをしっかり受け取ったファンは、イマーシブな体験とともにリリース日を迎えている。だから、聴いたファンの反応にも違いが見える。
●スクリーンショットを撮りたくなる
●友達にDMで教えたくなる
●歌詞を検索したくなる
●保存してあとで見返したくなる
●Instagramのノートに設定したくなる
これらは、TikTokの再生数・UGC数(作成数)・いいね数だけでは見えてこないものである。
「TikTokでバズっているのにストリーミングで聴かれない曲」と「運命さがし」の大きな違いは、事前にコンテキストを伝え、イマーシブな体験を用意し、ファンに"自分ごと"にしてもらうことに全力を注いでいる点にある。だからこそ能動的な行動につながる。
TikTokの再生数やいいね数が伸びることより、上記の5つの行動が増えることのほうが、作り手にとっては本来嬉しいはずだ。密度の濃いリリース日を迎えているからこそ、じわじわと広がり、タイムラインの垣根を超えて若い世代を中心に現象化しているのだと考えられる。
定量面から見える「自分ごと化」●YouTubeのミュージックビデオに寄せられるコメントは、歌詞のストレートな内容に言及するものが多数(※図参照)
●歌ネットなどの歌詞掲載サービスの表示回数が、再生回数と比べて非常に高い水準
●国内ストリーミングではプレミアム会員ではないフリー会員からの再生が過去最高値。初動5日間のフリー再生比率は、直近1年にリリースされた他の6曲の平均と比べて約2.2倍
●Billboard Hot Shot Songs(急上昇チャート)初登場3位(2026/9/23公開チャート)
ライト層や若い世代を初日から獲得できていることが、数字の上でも表れている。

タイムラインを開けば、界隈同士の争いや、価値観の違いをめぐる冷笑合戦が目に入る。
そんな空気の中で、今年のチャート上位で存在感を示しているアーティストたちには共通項がある。それは「全力系」であること。ライブ、SNS、配信、テレビ、ラジオ、すべての場所で全力を尽くす姿と楽曲が結びついたとき、人は応援したくなる。
マカロニえんぴつは、彼らなりの方法でラブソングを直球で、全力でやりきった。ストレートな歌詞だからこそ、どの部分が切り取られてもメッセージがぶれない。
「きみが好き ただきみが好き」
●一番大事な人たちに、コンテキスト(なぜ聴いてほしいのか)をしっかりと伝える
●リリース日をイマーシブな体験にし、能動的に参加してもらえるような祝祭感をつくる
●自分たちなりの伝え方を見つけ、それを全力でやりきる
●冷笑せず、ストレートに「愛を歌う」
タイアップでもなく、一過性のバズでもない場所からヒットが生まれる。このヒットは、いまの音楽業界にとっての希望でもある。

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